さて、今日は何を話そうか!?

世の中に対する疑問や思い、自身の習い事、出来事などをいっぱい記録していけたらいいなと思っています。

七福神って、どんな神なんですかね🤔ついでに稲荷神社もどんな神社か調べたよ🧐

こんにちは😊⛄寒いっす。

これから年末年始を迎え、神社等にいく人が増えますよね。そこで、その神社は誰を祀っているのか、調べてみる事にしました。

神道は、神仏分離令により仏教と分離された訳だから、ヒンドゥー教の神は関係ないと思う方もいると思います。

ですが、明治までは、神仏習合により同じ扱いをされていた訳だし、1000年以上仏教と同じ扱いだったから、そうキレイに分離出来るものでも有りません。その証拠に、今でも神道に多くのヒンドゥー教の神が祀られています。

merkun.hatenablog.com

見た目を、日本人受けする姿形に変え、言い伝えも日本人受けするような話に変えられてお披露目されていますが、本質(中身)まで変わりません。人間側が、美化して勝手に善神になったと思い込んでいるだけで魔物の性質は変わらない。魔物は魔物。それ以上でもなくそれ以下でも無い🤔化身や方便を使うという事を忘れてはいけないと思います。現代だから、こう言う事が分かって言えるんですけどね😅昔は、お上から言われた事が、全て正しいんだと思って疑うことすら考えに無かったんでは無いでしょうか。

神仏習合

神仏習合(しんぶつしゅうごう)とは、日本土着の神祇信仰(神道)と仏教信仰(日本の仏教)が混淆(こんこう=混ざる)し一つの信仰体系として再構成(習合)された宗教現象。神仏混淆(しんぶつこんこう)ともいう。明治維新に伴う神仏判然令以前の日本は、1000年以上「神仏習合」の時代が続いた。

 

神仏分離

神仏分離(しんぶつぶんり)は、神仏習合の慣習を禁止し、神道と仏教、神と仏、神社と寺院とをはっきり区別させること。

明治元年(1868年)、明治新政府は「王政復古」「祭政一致」の理想実現のため、神道国教化の方針を採用し、それまで広く行われてきた神仏習合神仏混淆)を禁止するため、神仏分離令を発した。

神仏分離令は、明治になり天皇制に変わった為、彼等(天皇)の神道を元に戻し国教にする目的で出されたそうです。太古の昔は、国民も天皇が神って言うんだから神なんだと思っていた時代(そう認めないと殺される時代だから)もあったか知れないけど、今の人は天皇を誰も神とは思わないし、普通の人間として見ている。そう考えたら、「古事記」って書物、神と天皇家が融合したお話、あれもかなり怪しい書物ですね。

で、日本には「七福神」ってのが有りますよね。勿論、その中にもヒンドゥー教の神が入っています。日本出身は恵比寿ただ1柱。あとは海外から招来した神なんだとか。

七福神=引用

七福神(しちふくじん)とは、福をもたらすとして日本で信仰されている七柱の神である。七柱は一般的には、恵比寿、大黒天、福禄寿、毘沙門天、布袋、寿老人、弁財天とされておりそれぞれがヒンズー教、仏教、道教神道など様々な背景を持っている。

Wikipediaに説明されていますが、過去のブログで仏教、道教神道等もヒンドゥー教に集約されている事が分かっています。(道教に関しては、未調査ですが、おそらく同じ様に混ざっていると思います…ヒンドゥー教が中国を経由して日本に来てますから)

七福神=引用

インドのヒンドゥー教の神である大黒を台所の神として祀ることは最澄比叡山で始めたことで、それが徐々に民間に広まったという。これが民間において日本の土着信仰の神である恵比寿とセットで信仰されるようになった歴史的な経緯はよくわかっていない。

歴史的な経緯は、はっきりしていないらしいけど、はっきりしている事は、「七福神」の起源は大黒(天)を祀る事から始まった。

七福神のうち恵比寿だけが日本出身と書かれていますが、果たしてどうでしょう❓

「恵比寿(えびす)」の起源は、それを祀る全国の神社で「蛭子(ひるこ)説」と「事代主神(ことしろぬしかみ)説」の2つの説が圧倒的多数。

で、「えびす」は、

えびす=引用

エビスには夷・戎・恵比寿・恵美須などの字があてられ、その語源は、異邦人や辺境に住む人々を意味するエミシ(蝦夷)・エビスの語に由来するとされている。おそらく、生活空間の外部にある異郷から福をもたらす神としてイメージされたらものらしい。

えびす=引用

えびすの本来の神格は人々の前にときたま現れる外来物に対する信仰であり、海の向こうからやってくる海神である。

と言う内容。

「蛭子(ひるこ)説」を調べると、

エビスと蛭児(子)大神=引用
 商売の神様としてのエビス信仰の中心は西宮神社で、その祭神は蛭児(ひるこ)大神とされている。 蛭児というのは、記紀(『古事記』と『日本書紀』)によると、イザナギイザナミの間に生まれた子で、身体に障害があり、三歳になっても立つことができず、葦(あし)の船に乗せて流されたとされる。記紀のなかでは、蛭児のその後は行方不明になったとされているが、それが浜に流れついて西宮神社の祭神になったのだという。
 海の彼方からやってくるというイメージが、ヒルコとエビスに共通するからか、次第にヒルコとエビスは同一視されるようになったと考えられる。

イザナギイザナミは、国を作り、多くの神を生んだとされています。

個人的な意見ですが、このイザナギイザナミが人間だとしたら、太古の昔だから、障害のある子供を海に流すと言う事もままあったのかも知れないと思います。がしかし、神様だと言い張るんだったら、太古の昔と言えども愛の無いえげつない神だなと思います。何の罪も無いのに・・・。

障害があったら尚更一人で生きていけないでしょう。寧ろ、神なのになんて事するんじゃ、って思いません❓他にも調べるとツッコミどころ満載なんですけど・・😔いずれ、記事にしょうと思います。

で、結局、蛭子(児)とえびすは、同一視された訳で、えびすは異邦人や異郷から来たと解釈されているので、日本出身と言う訳では無い。

じゃあ、「事代主神(ことしろぬしかみ)説」の方が有力なのかと言うと、事代主神は、大国主(おおくにぬし)神と神屋楯比売命(かむやたてひめ)との間に生まれたとされています。

で、大国主の「大国」は、ダイコクとも読めることから同じ音である大黒天と習合(しゅうごう=同一視)している。その大黒天は、シヴァ神の異名とのこと。だから、事代主神シヴァ神の子。日本の神では無い事がわかる。

なので、どちらの説でも七福神は、全て異郷の神だと言える。

ちなみに、

恵比寿= 蛭子命もしくは事代主神

大黒天= シヴァ

毘沙門天= クベーラ

弁才天(弁財天)= サラスヴァティー

福禄寿= 道教の宋の道士天南星、または、道教の神で南極星の化身の南極老人。寿老人と同一神とされることもある。

寿老人= 道教の神で南極星の化身の南極老人。日本の七福神の一人としては白鬚明神とされることもある。

布袋= 弥勒菩薩唐の末期の明州(現在の中国浙江省寧波市)に実在したといわれる仏教の禅僧。弥勒菩薩の化身ともいわれている。

ついでに稲荷神社は、どんな神が祀られているの❓

で、ついでに稲荷神社についても調べてみました。京都の伏見稲荷とかで有名ですね。この稲荷神社とは、どんな神社なんでしょうか❓

稲荷神社の数は神社の中で全国一位。全国に3〜4万社(伏見稲荷大社の見解)。これは日本では断トツにトップの神社数で、次に続く八幡神社でも1~2万社。

稲荷神社は、もとは異国から来た秦氏という先進技術を日本にもたらした部族の氏神様です。

で、その御神体は、ダキニ天(荼枳尼天)=ダキーニー。

稲荷はインドのダキーニー=引用

お稲荷さんといえば狐だが、じつはこれも、インド出身である可能性が強い。インドでの名をダキーニー、神と言うよりむしろ悪魔と言ったほうがよく、人の死肉を食べる鬼女である。ジャッカルの精がその根源にあるとされる謎めいた存在であるが、密教伝来とともに日本にやってきたらしい。危険なので、長いあいだ秘仏にしていたのがいつのまにか流出してしまった。実際、ダキーニー自体をまつる神社が日本にはいくつかある。しかしその見かけはお稲荷さんにそっくりなのだ。やはり鳥居がいくつもあり、狐が左右で鋭い目を光らせている。お稲荷さんはダキーニーでは、と思うのも無理はない。

(ダキーニーは殺戮の女神カーリーの侍女とされている)

京都にはお稲荷さんの総本山稲荷大社があるが、その裏山の千本鳥居をご存知だろうか?細い山道に、ずらりと赤い鳥居が並んでいる。裏山は非常に広大で、暗い森のいたるところに、大きな石がまるで墓石のように並んでいる。雰囲気はかぎりなく怪しい。熱心な信者が多く、谷間の聖地でお経を一心にあげていたりするが、しかし、何故お経なのか?ここは神道の聖地のはずである。この辺のことを話し出すときりがないが、簡単に言うと、お稲荷さん(信仰)は純粋な神道とはいえない、ということになってしまう。実際、空海開祖の真言宗とはとても近い関係にある。真言宗というのは日本の怪しげな伝説にはなくてはならない密教の宗派だが、この稲荷大社の裏山は、彼ら密教徒たちの秘密の修行場であった可能性が強そうだ。

そこで、はたしてどんなことが行われていたかは謎である。人によっては、真言立川流のようなことを想像するかもしれない。真言立川流というのは、死体を使った性魔術で、中世に流行したらしい。僕もその可能性を否定はしない。あの墓石のような石の林立を見ていると、少なくとも死体には関連がありそうな気がする。死体といえば、やはり、死肉を食べるダキーニーだ。インドでは、それに関連する死体を使う黒魔術あるいは性魔術が、ちょっと前まで(今も?)行われていたらしい。

さらに、

引用

ダキニ崇拝はデカン高原からガンジス川の岸辺にも及んだ。この女神を伝えたのがどのような人々であったのかは分からない。いずれにしても、ダキニはこの岸辺でシヴァ神に出会い恫喝され、その手下となる。殺戮の女神カーリーの侍女となるのはさらに後年のことだと思われるが、それらの出来事はいずれも社会の裏側で起きたことであり、真相は謎である。

社会の裏側とはどんな風景の場所だったのか?一つだけはっきりしていることがある。そこには死体があった。ダキニは死肉、とりわけ人肉を食べることに執着していたのだから、おそらく墓地であったり、あるいは火葬場であっただろう。そこは尸林(しりん)と呼ばれる場所である。

尸林がインドの宗教に及ぼした影響は計り知れない。若き日のシヴァが悪鬼たちを引き連れうろついた火葬場もまた尸林である。殺戮の女神カーリーが生まれたのもまた尸林であるだろう。

メチャメチャ気持ち悪いを通り越して完全に魔物ですね🤪こんなものを日本の人達は拝まされていたんですね。しかも、今は善の神になったから、と言われて信じ込むのも浅はかです。(全く知らなかった人は仕方ないですよ、注意しようが無いですもん)

やはり、日本人は、聖なる神様を知らないから騙されるんだと思います。(アジア人全般に言える事と思いますが)神様が何処までも清い方と言うのを知らない😔私もこの歳まで知りませんでした😅

それもあって、未だ知らない人達に私が知った事を知らせてあげようと思いまして・・・。

で、ダキニ天(荼枳尼天)を氏神とする秦氏、とっても怪しいですね。そして、空海もどういうつもりで密教を広めたのでしょうか❓秦氏との関係も何かありそうです。

 

では、本日はこの辺で😗