さて、今日は何を話そうか!?

世の中に対する疑問や思い、自身の習い事、出来事などをいっぱい記録していけたらいいなと思っています。

ところで、ゾロアスター教ってどんな宗教なの❓🤔

こんにちは😙

前回は、聖徳太子秦河勝(はたかわかつ)であり、秦一族の宗教はゾロアスター教(神社仏閣と一緒に混ぜて拝んでいました)の影響を受けた宗教だった、という話をしました。そういう訳で、ゾロアスター教の影響を、神道密教も受けている事が分かりました。密教では拝火教である護摩焚きの修行がある事から影響を受けている事が分かり、神道では、建物の作られ方や舞楽などで推測出来ました。

何故、神道と仏教に分かれてしまったのかは、明治の神仏分離令だけのせいでは無く、おそらく祀っている神の違いによるものと思われます。

厳島神社秘仏は弁財天、ヒンドゥー教ではサラスヴァティーペルシャではアナーヒター、バビロニアではイシュタルギリシャではアフロディーテと同一神と言われています。(変身し過ぎです😑)人類の救いを願うものであれば、一つの名前で十分ですよね。この様に複雑にして、サタンは人類を惑わすんです。

イシュタルは、旧約聖書でいうアシュトレトにあたる。カナンのアスタルテやシリア女神のアタルガディスにも起源を同じくする。

(アシュタロテ=アスタルテ=アシュタルテ皆同じ)ややこしいですね😣

f:id:merkun:20190416163451j:image【カナンの土着の宗教】

旧約聖書で、カナン人が崇拝していた神にバアルとアシュタロテ(アスタルテ)が出てきます。

表より、弁財天はアスタルテであり、バアルの妻だったんですね。そしてそのバアルは、ヒンドゥー教ではシヴァ神だからその妻のアスタルテはカーリーという事になります。

フェニキアにおけるアスタルテ

フェニキアにおいては世界の真の統治者であり、古い世界を破壊しては新しい世界を創造する死と再生の女神だったとされる。また、インドのカーリーとも同一視され、カーリーのような姿のアスタルテの刻像が見つかっている。Wikipedia

ただ、ヒンドゥー教では、アスタルテはサラスヴァティーとされていて、その性格は穏やかとされている。なので、カーリーと同一の扱いにはなっていないのでこの辺が引っかかりますが、福の神貧乏神の話にあるように善神っぽい部分だけを取り上げてサラスヴァティーと名付けているのかも知れません。

merkun.hatenablog.com

なので、怒(いか)るとサラスヴァティーもカーリーの性質に変化するのかも知れません。

バビロニアのイシュタルの記述にしても、優しいふりをして、かなり残酷な面があります。

イシュタル

美しくも残忍な野心家

イシュタルは全てを手に入れなければ気が済まない野心家だが、愛情が冷めてしまえばその後の扱いは酷いものだった。

(中略)

人間に対しても同様で、泣かせたり動物に変えたりという汚行を繰り返してきた。とある牧人には子どもを供物として殺させ、最後には牧人自身を狼に変えたという逸話もある。また、自身の誘惑を撥ね退けた者に対する残酷さは群を抜いていた。

と、あります。

そういう様なところからだと思いますが、旧約聖書におけるアシュトレト(アスタルト)が、後にヨーロッパのグリモワール(魔術書)において悪魔・アスタロトとされたそうです。Wikipedia

一方、四天王寺のほうは牛王尊(ごおうそん)という神を祀っています。

f:id:merkun:20190416171002j:image【牛王尊】

これも、牛と関係する社(やしろ)なので、牛頭天王(=シヴァ神=バアル)なんでしょう。

ところで、ゾロアスター教はインドに7万人も信者がいるというのに、あまり詳しい事が分からない宗教だそうです。

というのも、

本来古代のイラン世界では文字は音声を物質化した賎(いや)しむべきものと見なされていたようで、古代からの伝承は神官(マギ)などが口伝によって代々受継がれていくものとされていたという。(サーサーン朝)

説明によると、秦一族はゾロアスター教の神官(マギ)達だった様です。しかもペルシャでは文字にして残す事をあえてしない文化だった。建築、機織り、灌漑(かんがい)技術など全て口伝で伝えられて来たという訳ですね。

さて、ゾロアスター教の教理とはどんな教えなのでしょうか❓

その中でも際立っているのが、彼らの一番の教えであるクワェード・ダフ(フヴァエトヴァダタ)。

フヴァエトヴァダタ(Xᵛaētuuadaθa)は、ゾロアスター教聖典『アヴェスター』に記された最近親婚(二親等内の近親同士による結婚)のこと。パフラヴィー語でクワェード・ダフ(Xwēdōdah)とも呼ばれる。ゾロアスター教で最も徳のある行為の一つとされている。

ゾロアスター教では「善思・善語・善行」の三徳だけでは、最上の天国には行けず、最近親婚により、それが成就されると説かれている。実際に、ゾロアスター教を国教としていたペルシア帝国の王家では最近親婚がなされていた。現在行われているかどうかについては不明な点が多く、特にインドのゾロアスター教徒イスラムに囲まれて立場を弱くせざるをえないイランのゾロアスター教徒と比較してその財力も相まって閉鎖性が強く、拝火神殿内に異教徒を入れないため、分からない所が多い。

となっています。

つまり、どれだけ善を行なっても天国にいけない。親子又は兄妹姉弟間と性的な関係にならないと天国に行けないという教えらしい。

Wikipedia

聖典『アヴェスター』のヤスナ第12章には信仰告白として善神アフラ・マズダーを祀ることと共に最近親婚に従うことが記されており、諸々の教法(ダエーナー)の中で「最大にして最勝かつ最美なるもの」と表現されている。 

(中略)

ペルシアでは家族の性的な結びつきが神聖視されており、中世ペルシア語では最近親婚はフヴェトゥクダスと呼ばれ、近親性交のある男女の体液には薬効があると信じられていた。

どれだけ異質な宗教か分かると思います。今はどうか分かりませんけど、古代の様におおっぴらに言える事ではないので水面下に隠れて見えないだけなのかも知れません。

日本の天皇家もいとこ婚は当たり前、古代はもっと近親婚を繰り返していたようです。

参考 

ここで見ていただきたいのが斉明天皇から始まる桓武天皇までの、皇族の家系図である。仏教に帰依した聖武天皇以外ほとんどの天皇が近親婚を繰り返しているのに気がつくはずである。(Wikiより引用)


f:id:merkun:20190415212702j:image

ちなみに、あの自動車メーカーのマツダ。MatsudaなのにMazdaとツをズに変えています。

「マツダ」の由来と意味は?
社名「マツダ」は、西アジアの文明の発祥とともに誕生した神、アフラ・マズダー(Ahura Mazda)に由来します。
マズダーを東西文明の源泉的シンボルかつ、自動車文明の始原的シンボルとして捉え、また世界平和を希求し自動車産業の光明となることを願って名付けられました。

また、マツダの創業者でもある松田重次郎氏の姓にもちなんでいます。

と言う事らしい。マツダの創業者はゾロアスター教徒でしょうか⁉️

で、結局、ヒンドゥー教ゾロアスター教も異常とも言える性癖とでも言ったらいいんでしょうかね、それを重視する宗教という点で似ています。

まぁ、どっちにしても、こう言う教えが聖なるものとはかけ離れている事が分かると思います。こんな事で天国にいけるとも思いませんし、そもそも、天国にそんな奴おらんやろ〜😑

ゾロアスター教も善と悪の二元論を謳っていますが、キリスト教の二元論とは大きくかけ離れたものとなっています。

人間は自由意志をもち、善(アシャ)か悪(ダエーワ)を選択出来る。例えば、嘘をつかずに、真実を話せばそれは悪ではなく善を選択という事になるそうです。誰もが善と悪を選択する自由を持っている。参考

意味、分かります❓要するに、悪い事をしても素直に話せば善とみなされるって事です。これって、素直に白状すれば、どれも善い行いになるって事ですよね。確信犯が増えますねぇ。しかも、善い行いが多ければ天国へ、悪い行いが多ければ地獄へ行くそうです。

この屁理屈ないい訳を使えば、どんなに悪い行いでも素直に白状してしまえば、善い行いばかりになり誰も地獄に落ちる人はいなくなる。こんなんで、救われる訳がないですね。
で、この宗教は、鳥葬が有名らしくて、これも変な意味があって、

人は死後の息を終えると不純なものになるとされています。

二元論に基づけば「生」は神の業であって、「死」は悪の業だと考えられているそうです。そして、死後、体は不浄な雄牛の尿で洗われ見せしめの為に放置される。

その後、伝統的に遺体は「沈黙の塔」に置かれ猛禽類の餌となる。現在では、火葬や土葬に代わりつつあります。参考

ゾロアスター教において、聖なる火で死体を焼くことはタブー。母なる大地が与えてくれた「水・風・火」といったものを神聖なものと捉えている。だから、鳥葬という形になったんだそう。


f:id:merkun:20190418164718j:image【沈黙の塔の構造】

インドのゾロアスター教では、今も鳥葬をやっているそうです。

沈黙の塔の説明

各塔には、ある共通した構造がある。石のブロックによって円筒形に建てられた塔の内部は、すり鉢状に緩い勾配がつけられており、外側から中心にかけて、男性、女性、子供の遺体を並べる為に3つのレーンが階段状に設けられている。遺体が置かれる床面には、雨水や遺体から流れる体液を下に流す為の溝が掘られており、鳥に肉を食われ白骨化した遺体は中心の穴に投げ込まれるようになるという構造だ。(ちょっと、キモいのでこれ以上はやめておきますね)

いくら遺体だといってもそういう扱いをするのはちょっとやめてよ、と思うけど、悪魔教だと理解すれば逆に納得出来る。とことん人類を憎んでいますからね。

では、本日はこの辺で😄

 

で、聖徳太子が信仰していた宗教とは・・・❓🧐

こんにちは☺️

早速、前回の話の続きとまいりましょう😙

前回は、聖徳太子秦河勝ではないかとお話ししました。

それは何故か❓秦一族は、財力と土木技術をいかして、灌漑(かんがい)や大規模な土木工事、神社建設、養蚕、機織り、文化、芸術に関する事など日本の発展に貢献した様です。古墳も作ったらしいですよ🤓

にもかかわらず、京都市太秦(うずまさ)にある広隆寺は、聖徳太子を祀っていますが、秦一族を栄えさせた自分達の長は祀っていない。太子を祀り、一族の功労者を祀らないのはどう考えてもおかしいです。そういう理由で太子と河勝は同一人物では、と解釈した訳です。同一人物なら太子を祀るだけで済みますからね。

ちなみに、太秦という地名の由来は、聖徳太子の「太」+秦氏の「秦」を合わせた当て字です。そういう訳で、灯台下暗しだったのかも知れません。

で、人物がややこしいので聖徳太子の名で話を続けます。

聖徳太子が創建したという大阪府にある四天王寺。ここは、かつて海に面した場所に建てられていたようです。西の入り口はお寺なのに大鳥居があり、真っ直ぐ進むと奥に極楽門と呼ばれる西門があります。



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四天王寺の大鳥居(奥に西門が見える)と舞楽

西門が極楽門と呼ばれるのは、西方の浄土を思って日が没する様子を見詰める「日想観」という西門信仰の聖地として、古くから信仰をあつめる場所となっているんだそうです。

四天王寺は、本来は北向きに建てられています。寺としては北を向いて拝み、神社としては西の方を向いて山でもなく本殿でもなく海の方を向いて拝むという感じなのでしょうか。聖霊会という聖徳太子の命日の行事に舞楽も行われ、神仏分離以降もこの部分は神社の名残をとどめているようです。なので、神仏折衷な聖霊会になっています。

で、これって広島にある厳島(いつくしま)神社とそっくりなんです。海に面し、舞楽までよく似ている。

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厳島神社

厳島神社舞楽ペルシャ風。同じ信仰だという事です。

前回、安閑(あんかん)天皇陵古墳から出て来たペルシャ椀がササン朝ペルシャのものでした。当時のペルシャの国教はゾロアスター教との事です。(どうやら秦氏と共にやって来たのがゾロアスター教のようですね)

四天王寺舞楽の衣装に羽が付いています。これは、ゾロアスター教最高神アフラ・マズダーを意味しているんではないですかね。
f:id:merkun:20190412101800j:imageゾロアスター教のマーク】

厳島神社のそばにある大願寺に「弁財天(べんざいてん)」を秘仏として祀ってるんです(神仏分離令によって厳島神社から遷(うつ)されたようですね)。

弁財天は、ヒンドゥー教ではサラスヴァティーがそれに当たります。弁財天なんだから、神社に置いておいてもいいと思いますが、あえて寺に置き見せられないもの(秘仏)として隠すのには、何か意味があるのかなとも思います。これまでの知識として、性的系なのかペルシャ風過ぎるのかどっちかなのかもですね。

そして、そのゾロアスター教はインドにも渡り"パールシー(インドに住むゾロアスター教の信者という意味)"としてボンベイ(ムンバイ)を主たる拠点にし、信徒数7万5千人いると言われています。

まっ、地理的に近いですしシルクロードを通ってインドに伝わったようですね。

アーリア人

広義のアーリア人の内、北インド諸民族のほとんどがインド・アーリア人を祖先に持つものであり、それ以外の上述されている民族はイラン・アーリア人を祖先に持つ。ただし、北インドのアーリア系民族の中にもパールシーなどのように、イラン・アーリア人を祖先とする民族もある。パールシーはサーサーン朝のペルシア帝国滅亡後にインドに移ってきたゾロアスター教を信奉する古代ペルシア人の子孫である。

インドもゾロアスター教が入って来たからには、ヒンドゥー教もその前身のバラモン教を経由して影響を受けている様です。教義が似通っていますからね。そう言う訳でヒンドゥー教の影響を受けている仏教もゾロアスター教の影響を受けています。

で、四天王寺は寺であり神社でもある。ゾロアスター教を持ってきた秦氏は、中国を経由し、そこから日本に渡って来た。一方、空海が持って来た密教は、ゾロアスター教がインドに渡りヒンドゥー教として変化し、さらに仏教になり中国を経由して日本に渡って来たというルートで伝来したのではないでしょうか⁉️

結局は、ルートが途中で分かれ少し変化して渡って来ただけで、元は同じものを持っている訳だから共存出来るんですね。

ゾロアスター教

世界最古の預言者といわれるザラスシュトラゾロアスターツァラトストラ)が開祖。

ゾロアスター教は、古代ペルシアを起源の地とする善悪二元論的な宗教である。『アヴェスター』を根本経典とする。古代ペルシアを起源の地とする善悪二元論的な宗教である。『アヴェスター』を根本経典とする。光(善)の象徴としての純粋な「火」(アータル、アヴェスター語: ātar)を尊ぶため、拝火教(はいかきょう)とも呼ばれる。ゾロアスター教の全寺院には、ザラスシュトラが点火したといわれる火が絶えることなく燃え続けており、寺院内には偶像はなく、信者は炎に向かって礼拝する。

と、まあこう書かれていますが、分かったような分からないような結局何なのかサッパリ分かりませんね。まず、色んな宗教に詳しくないとその違いが分からない。しかも、知っていると思っていてもじっくり考えないとその意味は分からない🤓

まず、火🔥を尊ぶ拝火教とは火を拝む訳だから、それが偶像に当たります。密教護摩焚き、オリンピックの「聖火」、お盆の「送り火」、仏像の「後光」、カトリックが書いた背に光輝いている絵の数々。参考

どれも拝火教でしょうね。

参考としたブログの方の考察に、ちょっと誤解されている部分があるようなのでひと言。

この絵画です。

f:id:merkun:20190412150026j:imageイエス・キリストの復活の絵画】

この絵画を見て、キリスト教ゾロアスター教の影響を受けていると勘違いされています。(残念‼️おしいけど、ちょっと違うんですね☺️)

偶像や絵画を作り、拝んだり飾ったりしているのはカトリック系のキリスト教です。(カトリックプロテスタントで比較しています。その他のキリスト教まではちょっと分かりません)

聖書の教えには、この様な事をするのはいけない(罪だ)と書かれています。なので、カトリックがどんどんおかしくなっている事に気付いたマルティン・ルター達 を中心に宗教改革が起こり、カトリックから離れてプロテスタントという宗派が誕生しました。そのプロテスタントの派ばつも、今ではたくさん存在する様です。

知らない人は、キリスト教は皆同じだと考えているみたいですね。(私も数年前までは、皆同じと思ってました☺️)

以前から言っていますが、カトリックキリスト教の看板を掲げていますが、中身は悪魔教に変質しています。何故、潰れないかと言えば権力の中枢にいるからなんです。

ジャニーズの不祥事が、事務所の手によってもみ消す事が出来るから、重大な事件でも騒ぎにならないのと同じ様な構造です。事務所が強ければ、マスコミを黙らせる事は意外に簡単なんです😒世の中ってもんは、お金と権力を使って黙らせる人達が幅を利かせている。一般人が思う以上に堕落しきった世界になってしまっているんです。すでに、ノアの箱舟の時代と同じ様な世界になっている状態だと思っても過言じゃないかと言えます。そう言う意味では大変な世界になってしまいました😔

で、話を戻して、偶像崇拝とは作った偶像だけの事をいうのでは無いんですよ。

例えば、アイドルなんかでも偶像崇拝になりうるし、お金に向かって礼拝するのも偶像崇拝になったりする。継続してそのものを崇拝し、礼拝する行為は偶像崇拝になりうる。だから、偶像崇拝はしていないと言えないんですよね〜。

では、本日はこの辺で☺️次回へ続く。

 

聖徳太子はいたの❓それともいなかったの❓🧐

こんにちは〜☺️

前回は、聖徳太子一族が暗殺されていたと言う話と、その復讐劇が大化の改新だと思われる事をお伝えしました。昔だからと言っても、どっちの勢力も残忍ですね😓

しかも、聖徳太子が外国人だった事も・・・。習ってないよ〜💦

しかし、渡来人の秦氏とかも日本にやって来ている訳だし、近年、九州の対馬日韓トンネルを作ろうという計画があるくらいだから、大陸との距離は私達が想像するよりも近い。なので、当時は、色んな人種が来ていたかも知れませんね。言わないだけで・・・。

で、聖徳太子のおじいちゃんの兄弟に安閑(あんかん)天皇という人物がいまして、


f:id:merkun:20190405233518j:image[聖徳太子系図]

大阪の羽曳野市にその安閑天皇陵古墳があります。そこから出土されたものの中に下の様なガラス椀が発見されています。


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ガラス椀/羽曳野市

このガラス椀、ササン朝ペルシア(224~651年)のものだそうで、ここでは、6世紀頃のものではないかと説明にあります。こんなものがあるというのは、太子の家系はペルシャ人であった可能性も高いですね。

安閑天皇は、466年? -536年1月25日?頃に生きていた人で、しかもこの天皇、531年2月7日 - 535年12月17日と4年程しか在位していません。どうやら、太子のおじいちゃんの兄弟同士で争いがあった様です😱

政治に関わるような家系は、何かと争いが耐えないもんです。腹違いの兄弟はザラにいるし、近親婚もザラにあります。敵方からも政略結婚の為、嫁に行ったり貰ったり、何かとややこしい家系になっています。

で、前回取り上げた、歴史教科書に載せる聖徳太子改め厩戸王(うまやどのおう)に格下げしようとする動き(提案)は、現代の蘇我氏側の子孫による報復の可能性も充分にあり得ますね🧐

皆サタンを拝んでいるから嫉妬深くなるし、執念深くなる。地位欲、名誉欲、金銭欲が強くなるので決着がつくまで永遠に終わらない事が予想出来るからです。

現代でも政治家とか、有名企業に就職すると研修と称して高野山に行って僧侶から説教を聞かされたり、禅寺に行って座禅をさせられるところもあると聞きます。

良い行ないも悪い行ないも肯定し、二重人格を助長する様な教えは、悪魔崇拝の本質(手段を選ばず何でもありですからね・・・)。そういう教えを下手に会得(えとく)すると、ズルをしてもすぐに許されるという安易な考えに陥りやすく、悪人になるしかない人間を作ってしまいます。(欲望のまま短絡的に考えたり、お金で動く人もいるからね)

ちなみに、サタンは執念深くて、嫉妬深いんです。ストーカーと同じタイプなのでそれをイメージしたら何となく分かると思います。

だから、神様が人間を愛するのを見て、それに嫉妬し、その仲を引き裂くまで執拗(しつよう)に妨害するそうです。

サタンにとって日本は、その意味では上手くいった国だと思います。仏教を国教にした事で、何だかんだ言ってもキリスト教は、よその国の宗教だと誰もが信じて疑わないですから・・・。

サタンの人類への嫉妬は、この世にサタンがいる限り終わらない。(だから、サタンの滅びを祈ってますよ☺️一応、クリスチャンなもんで・・・)

話が、だいぶそれてしまいましたね💦

ところで、聖徳太子の本名は厩戸王(うまやどのおう)っていいますが、その名のつけられたいきさつを皆さんは知っているでしょうか⁉️ここで簡単におさらいを・・・。

厩戸王の生誕話

母親の皇后である穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)が懐姙し、出産した日にどうしていたかというと、役所を巡って仕事ぶりをみて回っていた。馬官のところへ来たときすぐに、厩(うまや)の戸に当たって難なく出産した。そこから、厩戸皇子という名前となった。

又、聖徳太子には不思議な力があったとされている。生まれてすぐに言葉を発し、幼少の頃にすでに国内外の学問を修め高僧の域に達した天才児だった。1度に10人の人の話を聞くことができ、馬に乗って空を飛び富士山の頂上に登ったという。

この話、イエス・キリストの生誕とちょっと似ています。っていうか明らかに匂わせていますよね。

一方、側近の秦河勝(はたかわかつ)は、

生誕 不明
死没 不明

6世紀頃に朝鮮半島を経由して日本列島の倭国へ渡来した渡来人集団で、そのルーツは秦の始皇帝ともいう。河勝は秦氏の族長的人物であったとされる。

(中略)

秦氏景教ネストリウス派キリスト教)を信仰するユダヤ人一族であったとする説を発表した。秦一族が渡来する6世紀以前に既に唐に東方キリスト教の「景教」が伝わっており、その寺院は大秦寺と呼ばれていたためである。ただしユダヤ人と他民族の同祖説は世界中に多数あり、遺伝子学的に否定されていることから、これは学会の通説とはなっていない。 

上記の様に、キリスト教の事について彼らは知っていたんでしょう。しかも聖徳太子は、一族の希望の星として生まれたんではないですかね。だから、メシア(救世主)の話をパクって語り継がれてきたんだと思います。お札💴にもなるくらいですから・・・。

秦河勝聖徳太子と共に行った業績の数々は、主に彼がやったのではないですかね。

それに、秦河勝の生誕と死没が分かっていません。彼も秦氏の族長的な人物ですし、そうであれば死没した日ぐらいはわかるはず。それが不詳になっている。一方で、「聖徳太子は存在しないのでは」と噂されたりもしています。なので、本当は秦河勝自身が聖徳太子だったのではと思います。

秦一族は、神社仏閣の建設や農機具、数々の色んな技術を持っていました。その腕をかわれて一族がのし上がってきたと言われています。

秦河勝自身が聖徳太子であれば、太子の伝説にある1度に10人の人の話を聞くことができる、というのも可能かと思います。実際は、10人の相談事を素早く解決出来る能力と技術を持っていたという事でしょうけど・・・。

先程の「ペルシャ椀」、色んな場所で見つかっていて、福岡県の沖ノ島

宗像大社(むなかたたいしゃ)でも見つかっています。

f:id:merkun:20190408205442j:image福岡・宗像大社:宝物8点公開 沖ノ島の世界遺産見通しで[写真特集8/8]- 毎日新聞

これらのペルシャ製品は、秦一族が持ち込んだものではないでしょうか。それは同時に秦一族が来た証拠でもあるんではないですかね。

彼らは、ペルシャ人でシルクロードを渡って来た。途中、敦煌(とんこう)も通るので、その時の絵を聖徳太子の自画像として取り入れた。ルーツは秦の始皇帝とあるので、中国を経由して日本にやって来たんでしょう。

聖徳太子が建てたとされる法隆寺。その一画に手水舎があります。


f:id:merkun:20190408132136j:image聖霊院前の手水舎】

全体がペルシャポット風になっています。

そして、京都市右京区太秦(うずまさ)にある広隆寺という秦氏の氏寺には、聖徳太子が神として祀られています。

これは、秦河勝自身が聖徳太子だったからという事じゃないですか🤓

では、本日はこの辺で😙

 

「聖徳太子の名前が消えるかも知れない」と噂されていたって知ってました❓🤔

こんにちは😊

前回は、紋章だとか国旗等には、何か隠された別の意味があるのかも知れないと言うお話をしました。今回は、ちょっと目先を変えて聖徳太子がどんな人物だったのか考察してみようと思います。

何故、聖徳太子なのか自分でも分かりませんが、4月1日に新しい元号が「令和(れいわ)」と発表されました。

今どき、エイプリルフールの日に発表するなんてなかなか出来ません。まさか、「冗談でした」なんて洒落が言えるシチュエーションでもないですし・・・でも、発表されました😑

で、朝日新聞4月2日の朝刊。
f:id:merkun:20190402105651j:image2019年4月2日、朝日新聞朝刊

パッと新聞を見ると悪いんですけど、お葬式の様な暗いイメージを受けます(リボンを付けたらそのまんまです🤬)。カラー刷りに出来るんだから、もうちょっと何とかならなかったんでしょうか⁉️

個人的な感想なんですけど、名前に"レイ"がつくので、よく"霊"の話しをする私は、そっちの方を連想するので余り響きが良くないなと感じます。そんな感じに思っていたら、この大きな見出しがドーンと・・・。余計にそんな風に思わせるんですけど・・・😓

その"令和"という元号の由来が万葉集からとの事で調べると、万葉集は、7世紀後半から8世紀後半に作られたようです。

丁度、聖徳太子が6世紀後半から7世紀前半に活躍したその後の時代となります。という事は、万葉集が作られる以前の時代にあった事が、のちの時代に良くも悪くも受け継がれる訳ですよね。

で、何日か前から、聖徳太子の話しをしなさい、と霊感らしきものを受けてたんですが、何だかよく分からず、その様なイメージを受けて何を話そうか考えてましたら、元号の由来が万葉集からとの事で、その辺りの時代を調べよという事なのかなと気が付いた次第です。

で、その聖徳太子ですが、2年ほど前に、学校の教科書からも消される扱いを受けそうになったことがあるそうです。

f:id:merkun:20190402224958j:image【正論】周到な「聖徳太子抹殺計画」 次期指導要領案は看過できない 拓殖大学客員教授・藤岡信勝(1/4ページ) - 産経ニュース

昔は、お札💴と言えば聖徳太子しか考えられなかったんですけど、福沢諭吉になってからは、今だに一万円札は誰だっけと考えないと出て来ません。五千円札に至っては、もう全く顔も思い出せません💦(調べると樋口一葉でした、やっと覚えた新渡戸稲造はもう消えてましたね😅アハ)

何でも、数々の偉業は彼一人では出来なかったらしいから、と言う理由で聖徳太子という名を使うなという事らしい。

彼の行なったとされる実績は「冠位十二階の制定」「憲法十七条の制定」「国史編纂(こくしへんさんい)」「遣隋使の派遣」「仏教興隆(三経義疏(さんぎょうぎしょ)、法隆寺四天王寺の建立)」など。

当たり前ですが、どんな人でも協力者がいなくては達成出来ません。そんな事を理由にしだしたら、歴史上の人物は全員消えるかも知れませんね🤭

そういう訳で、"何で今更変更しないといけないんだ"と騒動が起こり、結局、教育現場で混乱するからと元のさやに収まったそうです。

普通に考えたら、そこでメデタシメデタシで終わるんですけど、そもそも、今更名前まで変えてしまえと言い出したのには、何か意味があるんではないか、と疑い深い私は思ったんで調べてみました😙

聖徳太子という名前は太子が亡くなった後でつけられた名前。どうやら太子の死に関係があるようです。

歴史というのは勝者の側が、勝者の祖先自慢として作られた話でもあるので、何処までが本当なのか関係者達しか分からない。なので、学校の歴史教育は、ほぼ役に立たないと個人的には思います。しかも、教科書も紙面の都合上、細かく書けませんからね。

聖徳太子は、出生574年2月7日(敏達天皇3年1月1日)〜死去622年4月8日(推古天皇30年2月22日)に存在していたとされています。父:用明天皇、母:穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)。母親の方は、出生がいつなのかは分かっていないらしいです。

で、聖徳太子の顔なんですが、お馴染みのあの顔は、中国の敦煌(とんこう)にある壁画を真似て描かれたそうです。

f:id:merkun:20190402162112j:image[元聖徳太子と言われていた人物画]

f:id:merkun:20190402161744j:image[敦煌の壁画]

太子の身長は180cm、78kgと推測されているそうです。根拠もはっきりしていて、

日本史有名人の身体測定』(KADOKAWA)の著者・篠田達明氏の話

聖徳太子の身長は180cm、78kgと推定しています。平均身長が160cmの飛鳥時代では大柄。根拠となったのは法隆寺の夢殿に保存されていた救世観音です」(以下、「」は篠田氏)

 この観音像は聖徳太子の等身大であると伝えられてきたが、1000年以上、秘仏として布に巻かれたままだった。

開封すると呪われるという言い伝えがあったため」

 だが、明治時代に米国人の東洋美術史家・フェノロサが永い眠りを解き、聖徳太子の身長が判明した。

飛鳥時代の平均身長が160cmぐらいなのに対し、180cmもあるとは現代人と比べても大きい方です。

従兄弟には、蜂子皇子(はちこのおおじ)と言われる人物がいたそうです。

蜂子皇子(はちこのおおじ)

崇峻天皇(すしゅんてんのう)の第三皇子として誕生したと伝わる。崇峻天皇5年(592年)11月3日に、蜂子皇子の父である崇峻天皇蘇我馬子(そが の うまこ)により暗殺されたため、馬子から逃れるべく蜂子皇子は聖徳太子によって匿われ宮中を脱出して、羽黒山で神仏と接触し、現在「出羽三山」と呼ばれる地域の信仰を創始したといわれています。


f:id:merkun:20190403131249j:image【蜂子皇子】

見ての通り、ちょっとグロテスクな顔立ちをしています。伝えによると、

蜂子皇子の御姿は、御顔が醜く、口は大きく耳の根本まで裂け、鼻は下にさがって一寸(約3cm)もたれ、顔の長さは一尺(約30cm)もある異様な御姿であったと伝えられています。

現在残されている肖像画は、気味の悪いものが多いが・・これは人々の苦悩を一身に引き受けたからだとも言われています。

現代の日本人の顔の大きさの平均を調べると、男性は全頭高23.2cm、頭幅16.1cmであり、女性は全頭高21.8cm、頭幅15.3cm。

それと比べると、蜂子皇子の顔は大きいですね。身長がかなり高かったのかも知れません。聖徳太子の従兄弟ですから・・・。

で、この異様な姿は、「人々の苦悩を一身に引き受けたから・・・」と、まことしやかに伝えられていて、それを聞いた人も「うんうん、そうやね〜なんでやねん‼️」となるんですけど、普通に考えたらそんな事がある訳ないですよね😔😣😒

どうやら、周りの人の肌の色と比べると、明らかに彼は日本人ではなかったようですね。従兄弟が外国人ならば聖徳太子も日本人にしては背が高いし、髪の色も赤毛と言われていたそうです。少なくとも彼らは、日本人ではなかったと言うことが言えると思います。側近の秦河勝も渡来人なので、言葉も外国人同士ならば不自由はなかったはず。

で、聖徳太子の死は病死では無くて、実は殺されていたのではないかと言われています。というのも、

参考

(中略)

【①聖徳太子は妻との死亡時期が一日違いであること】

Wikipediaにはこう書いてあります。

推古天皇30年(622年)、斑鳩宮で倒れた厩戸皇子の回復を祈りながらの厩戸皇子妃・膳大郎女が2月21日に没し、その後を追うようにして翌22日、厩戸皇子は亡くなった。〉

聖徳太子と妻の死亡時期が、わずか1日違いなんです。
しかも、聖徳太子の母もその2ヶ月前に死亡しています。

このように、立て続けに、死亡するのは、ほとんどあり得ないことで、これは、聖徳太子と妻とが一緒に殺されたと言う事を、表しているのです。

次に二つ目の根拠です。

【②聖徳太子の鎮魂式が全くなされていないこと】

飛鳥時代の当時、天皇関係者などが亡くなると、一定の期間、「殯(モガリ)」と呼ばれる、鎮魂式というか鎮魂儀礼が催されるのが一般的でした。

推古天皇欽明天皇にも、さらには、聖徳太子の弟(来目皇子)が亡くなった時でさえ、「殯(モガリ)」が為された形跡があります。

でも、聖徳太子の死には、そのモガリの記録が一切ありません。
そして、ガリを行わずに、すぐに埋葬されてしまっているのです。。。

推古天皇の摂政だった人物ですから、モガリをして然るべき人物のはずなのに、されていないのは、当時の常識からすれば、不自然極まりないことなんです。

ちなみに、聖徳太子以外で、このモガリが無かった天皇として、(叔父の)「崇峻天皇」が居ます。

実は、この「崇峻天皇」も、592年10月4日に「暗殺」されています。(犯人は蘇我馬子とも言われています)

Wikipediaにも「崇峻天皇」の項目でこう書いてありますよね^^;

物部氏の没落によって欽明天皇以来の崇仏廃仏論争に決着が付き、
法興寺飛鳥寺)や四天王寺などの、造寺事業を積極的に行った。

しかし、即位したあとでも政治の実権は常に馬子が握っており、次第に不満を感じるようになった。

592年10月4日に、猪を献上する者があった。

天皇は笄刀(こうがいがたな)を抜いてその猪の目を刺し、「いつかこの猪の首を斬るように、自分が憎いと思っている者を斬りたいものだ」と発言。

そのことを聞きつけた馬子が「天皇は自分を嫌っている」と警戒し、部下に暗殺命令を下した

そして東国の調を進めると偽って天皇を儀式に臨席させ、その席で東漢駒(やまとのあや の こま)に暗殺をさせた。〉

臣下により天皇が殺害されたのは、確定している例では唯一である。

死亡した当日に葬ったことと、陵地・陵戸がないことは、他に例が無い。


いかがでしょうか?

殯(モガリ)も行わずに、まさに、すぐ葬ってしまっている事等、
崇峻天皇の暗殺~埋葬までの様子は、聖徳太子のケースとほとんど同じなのです。

 

以上が、二つ目の根拠ですが、最後に三つ目の根拠です。

【③聖徳太子の死後643年に、太子の子孫25人全員が蘇我入鹿に殺されていること】

一説には、山背大兄王は生き延びている(?)という説もありますが、聖徳太子の子孫が殺されているというのは、事実だと思います。

下記の系図を見れば一目瞭然ですが、聖徳太子の血筋は、蘇我氏によって、根絶やしにされているのが分かるはずです。
f:id:merkun:20190404170902j:image

それで、以下に述べる部分を良く考えて見て欲しいのですが・・・
聖徳太子蘇我蝦夷(入鹿の父)とともに、仏教を導入したと言われている人物。

要するに、蘇我氏の大切なパートナーと言われていたのが、聖徳太子であり、その子孫を、全員殺害するというのは、幾らなんでも、恩人に対して非道な仕打ちです。

こんな事は、普通は出来ないはずなんです。

なので、この部分には、何処かに嘘が混じっていると言う事です。

実は、率直に言ってしまえば、聖徳太子は、蘇我氏のパートナーでも何でもなく、蘇我氏にとって聖徳太子は、ただの政敵に過ぎなかったというのが、真実です。

だからこそ、聖徳太子は暗殺され、子孫も皆殺しの憂き目にあったのです。

(中略)

以上の3つの理由から、聖徳太子が暗殺されている可能性は高い!

という事で、私も暗殺説は正しいと思います。

その後、中大兄皇子らによって仇討ちをされた様です。

ちなみに、蘇我入鹿は後年645年の乙巳の変大化改新)で殺害されています。

下記は、奈良県指定文化財となる「絹本著色多武峯縁起」に描かれた、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ=のちの天智天皇)らによる蘇我入鹿暗殺の場面です。

f:id:merkun:20190404170838j:image

日本書紀を編纂したのは藤原不比等( 中臣鎌子中臣鎌足藤原鎌足の息子)。

父達によって、聖徳太子一族の仇を討ち、日本書紀にて厩戸王では無く聖徳太子と称号を与えて称えたのではないでしょうか⁉️

では、今回はこの辺で。次回に続く・・・😙

天皇家の菊花紋章とインドの国旗の意味とは・・・🤔

こんにちは☺️

前々回では、上杉謙信も男色(だんしょく)をしていたらしい話と、男色は、シヴァのリンガ信仰だと言うお話をしました。

merkun.hatenablog.com

merkun.hatenablog.com

そして、上杉謙信も信仰していた密教の教えについて、密教の全てを知るには、伝法潅頂(でんぼうかんじょう)を受けて阿闍梨権大僧都(あじゃりごんの だいそうづ)と呼ばれる位階をもらって、初めて真言宗の教えの全体像を伝授してもらえる話でした。(ここまで来ないと分からんのかい‼️(-_-;))

そして、男色は、公族、貴族、武士、僧侶と身分の高い権力者達もやっています。それというのも、真言密教嵯峨天皇も認める国をあげての宗教となり、さらに多くの人が信仰するようになったからでは無いかと思います。

(やがて、庶民にもその様な風潮が広がった様ですが、ペーペーの庶民には、その意味が全く知らされていなかったと思われます。)

仏教は、ヒンドゥー教の教えを引き継いでいる訳だから、リンガ崇拝も形を変えて引き継いでいるはず。そして、神道も又、同じ神を拝んでいるので(化身という技を使って名前を変えているだけで、拝んでいる中身が変わった訳ではありません)、形を変えたリンガ崇拝も昔からあった。現代でも、境内のあちこちにその様なオブジェがあったり、奇祭の風習のある神社もたくさん存在する。 

ところで、皇室の紋章は菊花。正式には、「十六八重表菊」(じゅうろくやえおもてぎく)と言うそうです。俗称「菊の御紋」(きくのごもん)と呼ばれています。


f:id:merkun:20190327153209j:image天皇家の菊花紋章】

で、この菊の御紋に絡む「天皇退位」のニュースがthe japan times alphaで語られていました。その英字新聞の表現が面白いので紹介します。

the japan times alpha

2019.1.11

(中略)

Emperor Akihito is set to step down from the Chrysanthemum Throne on April 30, to be succeeded by Crown Prince Naruhito.

(中略)

太字を直訳すると、「(天皇が)菊の座から降りる」と表現されています。日本語で「菊の座」とは、色々な意味がありますが、大きな声では言い難いんですけど"肛門"の異称でもあり、男色の意味でもあるのだそうです。

つまり、天皇が、男色を止める」っていう意味になりますね。

菊座(読み)キクザ
デジタル大辞泉の解説
きく‐ざ【菊座】
1 菊の花をかたどった座金(ざがね)。兜(かぶと)や鎧(よろい)の飾りにする。きくのざ。
2 衣服などの穴の周囲を放射状に糸でかがること。
3 カボチャの一品種。実は扁球形で、深い縦の彫りがあるもの。
4 肛門(こうもん)の異称。また、男色。
「それ―のひだは四十二重なりと」〈浮・男色十寸鏡〉

上記の様に皇室としての意味は全くありません。1番か4番のうちどちらかだと想像出来ますが、あえて当てはめるなら4番の方がしっくりする。

何故なら、この菊の紋章を最初にとり入れたのが後鳥羽上皇。彼も、りっぱな男色だったと言われています。なので、ある意味当たっているのかも知れません。そんな後鳥羽上皇が取り入れた紋章を現在の皇室も使ってるんですね。(その他にも意味があるとは思いますけど、やっぱりね・・・😅アハ)

因みに、日本政府の紋章がこちら。
f:id:merkun:20190329130127j:image【日本政府の五七桐(ごしちのきり、ごしちぎり)の紋章】
五七桐の紋章は、後醍醐天皇が菊の御紋に加えて用いたそうです。

二人の共通点として、後鳥羽上皇は、三種の神器を持たずに即位し、源氏から政権を取り戻すことを夢見て、承久の乱を起こします。そして、見事に破れ隠岐の島へ島流しにされた人物。

後醍醐天皇も同じ様に、元弘の変(げんこうのへん)と呼ばれる、天皇を中心とした勢力による鎌倉幕府倒幕運動を起こし、やはり幕府に破れ隠岐の島へ島流しにされた人物。(後に、家来や幕府に不満を持つ武将らが倒幕し、政権を奪取(だっしゅ)するが、家来達に不公平な処遇をしたので倒されてしまった)

という、いわく因縁のある人達の用いた紋章が現代も使われているんですね。(へ〜、共通点が実におもしろい😄)

普通、一般人が中古住宅を購入する際、住んでいた人が出世したりして売家になった物件とかを好むんですけどね。(いわゆる縁起がいいってやつです)

で、話しを戻しまして、菊花紋を菊座という変な見方をすると、インドの国旗もかなり怪しく見えて来ます。シヴァ神を拝んでいますから・・・。


f:id:merkun:20190326235834j:image【インドの国旗】

 

旗の中心にある輪の説明ですが、

古代インドアショカ王の記念塔からとった法輪(チャクラ)が描かれており、その青色は空と海を表わす。 法輪の中の24本の線は1日24時間を表わす。

となっています。最もらしい理由ですが、ヒンドゥー教徒が圧倒的に多いインド。表面的には、上記の様な説明をするでしょう。しかし、別の側面で見ると、汚い話ですが肛門を表しているのかも知れません。(表立っては言えませんから・・・)チャクラは、第一から第七まであって、第一のチャクラは、肛門近くの事を言うそうです。

で、青色は、空と海を表すとの事で、ここにも"空海"が出てくるんですね。

インドの国旗が現在の様になったのは、1947年8月(終戦は1945年)に独立した時からだそうです。こうして見ると、国旗って結構意味深なもののように思えます。

ついでに、密教のお坊さんの話を・・・。

シヴァ神の化身の一つ、マハーカーラ(意味は大いなる暗黒だそうで、どう考えても邪悪な名前にしか思えません(_ _;))を調べて🕵️いると、以前、福の神と貧乏神の話をした時に出てきたあの密教のお坊さんが、マハーカーラの話を取り上げていました。

merkun.hatenablog.com

で、そのお坊さんが、今度はどんな話をしていたかと言いますと、

参考

仏教の大黒天はインドにルーツがありますが、本来は「マハーカーラ」と呼ばれる凶暴な忿怒(ふんど=激しく怒る)神です。マハーは「大」でカーラが「黒」という意味ですので、つまり「大いなる暗黒の神」と言うのが大黒天の名前の意味です。

本来のマハーカーラ・大黒天のスタイルを見てみましょう。

先ずはその体は青黒色で三つの顏があり、そして各々の顔には三眼があります。腕は六本あり、その内の二本の腕は刀を持ち、別の右の手には人間の髪を取って吊し上げ、左の手には同じように羊の角を取って吊し上げています更に別の左右の手には血のにじんでいる象の生皮を持って背中に覆っています。そして毒蛇を髑髏に通して首飾りとし、また毒蛇を腕に巻いて身を飾っています

さらに大黒天のマンダラでは、大黒天の八方を八鬼母神が取り囲んでいます。その鬼母神は髑髏を杯として生血を飲む姿や戦闘に用いる武器を持っている姿などで表されています。

これが本来の「大黒天~マハーカーラ」であり、またマハーカーラの世界観なのです。

私は毎夜、真言密教の秘法であるこの「マハーカーラ・大黒天神法」の修法をしています。

(中略)

出雲の大国主命は今では「縁結びの神」として人気が高いですが、本来は出雲が国譲りをした後には「祟り神」として朝廷より最も恐れられた神ですので、本来のマハーカーラの本質とやはり似ているのだと思います。

強烈な「暴悪神」であり、強烈な「祟り神」であるからこそ、幸せや福徳をもたらす「福の神」や「縁結びの神」になれるのでしょう。

いや人々に幸せをもたらす神は、人々に災いをもたらすことも出来る神でなければならないと思います。

と、まあこんな感じで書かれています。

マハーカーラの姿が、「人間の髪を取って吊し上げ」って、さすが悪魔👿です。罪のない人にまでこんな事をするんでしょうね。「血のにじんでいる象の生皮を背中に覆う」って、普通は綺麗に乾かして着るでしょ。「毒蛇を髑髏に通して首飾り」って、髑髏(どくろ)って私達の頭蓋骨ですよ!何をするんですか!「鬼母神は髑髏を杯として生血を飲む姿」って、その生血は人間のじゃないですか⁉️

見るからにとことん邪悪なのに、このお坊さんは、洗脳されていておかしい事に気付かないんですね。このお坊さんだけでなく、他の偉いお坊さんも同じと考えていいと思います。(階級の低いお坊さんは、良い教えだけしか知らないから、いまいちよく分かっていないと思います)

この世の密教系のお坊さんが、気付かないまま全てが良い教えだと説いているんでしょうね😓

で、お坊さんは、「強烈な「暴悪神」であり、強烈な「祟り神」であるからこそ、幸せや福徳をもたらす「福の神」や「縁結びの神」になれる」と言ってますが、全然意味不明ですよね。

「暴悪神で祟り神」が何で「福の神や縁結びの神」になれるんでしょうか。二重人格の偽善者の塊でしかないと思いません⁉️

"暴悪"とは、乱暴で道理を無視していること。"祟り"とは、神仏や霊魂などの超自然的存在が人間に災いを与えること、また、その時に働く力そのものをいう。

結局、乱暴で道理を無視する霊が災いを与えるという意味ですよね。こう言う事をするのは、 悪霊=悪魔👿の技としか言いようがない😓

それが、"福の神"や"縁結びの神"になるって事は、使い分けて騙すって事に他ならない。

しかも、お坊さんは、その変な理屈を理由に「人々に幸せをもたらす神は、人々に災いをもたらすことも出来る神でなければならない」と言っていますが、災いをもたらしてはいけないと思います。

そう言う事をいうと、聖書でも神がノアの箱舟の様な災害を起こしたでしょ、と疑問に思う人も出て来ると思います。その辺が同じなのではと思う人もいるでしょう。

彼らサタンのする事と神のする事の違いですが、サタンの災いは秩序も理由も何の道理も無く災いを起こすもの。要は、気まぐれ。

一方、神は、悪を行って悔い改めもしないし、他の人々の命を奪うような災いを起こす人を最終的に裁くんです。そこが違う。サタンは、人の命もですが霊魂を殺すんです。その霊魂が殺されない様助ける為に、神はサタンと化した人類を裁いたりするんです。

ノアの箱舟も、"災い"では無くて"裁き"だったんです。

では、本日はこの辺で☺️

 

 

 

人類は特別に作られたとしか思えない理由(わけ)🤓&今週のお花🌸

ちわ〜😄

何か、急に春らしくなって来ましたね。私は、先日免許更新の為、久々に都会のど真ん中へ行ってまいりました(〃´o`)=3 フゥ

何の免許だと思います❓"今、流行り"の宅建士です。"家売るオンナ(の逆襲)"。北川景子さんよりチョイ先取りってとこですかね。

部屋をリフォームするのが好きなんで、たま〜に壁紙を張り替えたりもしてるんですよ。それが、勢い余って宅建士の免許を取った理由なんです。(関係ないですけどね😅)持ってて損は無いのでいいかなって思ってるんです。

以前、ちょっと不動産屋さんでインチキされた事があって(知識があったから見抜けたんですけどね)、その時に役に立ちましたから・・・。もちろん、こっちの勝利でしたよ😙将来の夢は、「小さな不動産屋さん」かな⁉️

なもんで、近所で更新出来ないから街なかへ出掛ける事に・・・。私、街中はあまり好きじゃ無いんですよね。人が多すぎるのとうるさいのが嫌いなんですわ。歩きづらいし(人に当たりそうで)、空気も悪そうだし・・・。周りの人に貴重な酸素を取られそうな気もするし・・・😅(緑が少ないのでそう感じるだけかも知れませんけど・・・)

第一、電車が嫌い‼️鉄ちゃんには絶対なれませんね。ほぼ電車に乗らないので、乗る時は切符🎫をチマチマ買ってます😄

ところが、今回icocaの便利さに気付き感動ものですよ。(今ごろ⁉️って思うでしょうけど😅)

乗り越しとか目的地に行くのに行き方を変更した場合、切符🎫だと払い戻しとかの精算をするのが面倒だけど、電子マネーだとそんなの関係なく凄く便利なんですね。(ホント、どこかの離れ小島に住んでた感じ)

乗り換えの時も、駅を出てすぐ向こうに違う電車の改札口に直結している場合、今までだったら出て又切符🎫を買ってってしていたんだけど、それもしなくて、カードをペラってセンサーに近付けるだけで完了するとは・・・。20年前には想像もつかなかったです。スマートフォンも想像すら出来なかったし・・・。ホント、便利になりました。

ただ、滅多に電車乗らないんで、お得意さんにはなれませんけど・・・😅アハ

人類は特別に作られたとしか思えない理由(わけ)その1

(その2があるかどうか分かりません😁)

以前、「"ダーウィンの進化論は正しくなかった"という事が科学的に証明された」というような記事を紹介しました。これ⬇️ 

merkun.hatenablog.com 

学術誌「ヒューマン・エボリューション(Human Evolution)」に掲載されたにもかかわらず、大手のメディアはニュースとしても取り上げず、学校の教育現場では、相変わらずダーウィンの進化論を教える方向でやるんでしょうか⁉️個人的には、天動説から地動説に変わった時ぐらい問題が大きいと思うんだけど・・・。

で、進化論とはちょっと違うけど、今回は、"脳"についてあれこれ考察しようと思います。

私は(見ての通り(〃'▽'〃)笑)科学者ではないので、科学的な何なに物質がどうこう作用してとか、こ難しい学術用語や記号、実験で説明はしません(当たり前か(^_^;))。なので、普通の人が理解出来る角度から、脳に関する話をしたいと思います。

脳の重さは人類の場合、大体、体重の2%程度。体重が60kgの人なら、脳の重さは1200g前後。男性の場合は1350gから1500g、女性は1200gから1250gほどが脳の重さだそう。

脳は、基本的に体が大きいほど、大きい傾向にある。象だと4000g、クジラは7000gの脳があるといわれています。さすがですな~😄

でも、人類の脳と比較するには同じ条件が必要なんで、体重の2%だと象では何㎏なのか計算しないと比較出来ません。アフリカゾウ🐘の場合、オスの体重は平均6000㎏ぐらいで、120㎏必要。マッコウクジラ🐋の場合、体重が35,000 – 57,000 kg (成体)、小さいクジラ🐳35,000㎏でもなんと700㎏の脳の重さがないと人類と同等にならない。

人類🚶    → 1200g=1200g

アフリカゾウ🐘 → 4kg<120kg

マッコウクジラ🐳→ 7kg<700kg

そう言う事から、如何に人類は特別に作られたかお分かりだと思います。えっ、まだ分からんって⁉️

では、他の動物と同じ条件の場合で計算すると、人類の脳は200gぐらいになるそうです。実に平均より6倍も大きいんです。アフリカゾウは、逆に20㎏なくてはならないのに4㎏止まりの1/5倍。マッコウクジラに至っては、116㎏必要なところ7㎏で実に1/16倍しかない。

人類🚶    → 1200g>200g  6倍

アフリカゾウ🐘 → 4kg<20㎏ 1/5倍

マッコウクジラ🐳→ 7kg<116㎏ 1/16倍

体の大きさの割に大きな脳を持っているほど知能も高くなり、逆に脳の大きさが大きくても体の割に小さかったら知能も低くなるという傾向があるということです。

個体によって、脳の重さひとつひとつに差がついている事がわかったと思います。このひとつひとつの差をつけるものが何なのか、科学的に説明する事は難しいし、自然発生論でも説明がつかないと思うんです。

自然発生したとして、普通は、ほぼ似たり寄ったりの種類、種族しか発生しないと思われるし、その種類もそんなに多くは発生しないと思います。全世界の既知の総種数は約175万種もあるんです。このうち、哺乳類は約6,000種、鳥類は約9,000種、昆虫は約95万種、維管束(いかんそく)植物は約27万種。(分かっているだけの数ですよ)

その膨大な数の種類が、ダーウィン種の起源の様に、偶然ばっかりで出来ると思います❓色んな色形の動植物が勝手に自然発生すると思います❓やはり、無理があると思うんですよ。しかも、ダーウィンの言うような、進化途中の種類がいない事も確認されている。(以前の記事にありました)

漢方薬でも、薬を構成する基本的な生薬は、ほぼ同じなんです。そこに、何かを足すか引くかすると薬の薬効の方向性が変わるんです。(薬の名前も変わります)

動植物にしても、その足す引くを誰かが介入しないと、人類の脳だけ大きくするとか出来ないと思います。

それが、出来るものが何なのかと言えば、どう考えても神以外にいないと思いません⁉️🤓科学でどんなに研究しても無理なんじゃないかと思うんです。

旧約聖書 イザヤ記 44章ー6

主、イスラエルの王、イスラエルをあがなう者、万軍の主はこう言われる、「わたしは初めであり、わたしは終りである。わたしのほかに神はない。

 

新訳聖書 ヨハネの黙示録 22章ー13
わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである。

と、聖書にこう書かれています。地球🌎が誕生する、はるか昔から存在していて、もし人類が滅んだとしてもその後も永遠に存在する方だと・・・。

しかも、人類が他の動物と一番違うところは、神が人類に“思考力”を与えた事。文章を読んで、話を聞いて想像する事が出来るのは、知能の高い人類だけ。目で見えるものしか追い求める事が出来ないのは、動物なみの能力しかない。神様が姿を現さないのも、この高い思考力を使って探しなさい、という意味だそうです。(信仰の先生が教えてくれました)

"思考力(想像力)"これも科学で説明出来ないところだと思います🤔

ロマンやね〜(*゚▽゚)ノ

久々の今週のお花🌸

他のブログネタが多くて溜まってしまいました(^_^;)

マイブーム的な趣味なんで、いつまで続くか分かりませんが、生けたお花💐を記念に残してるだけなので・・・。フラワーアレンジする時の参考にして頂ければ幸いです😉

先ずは、これ。


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見本では、あまり好きじゃない感じがして、イマイチかなと思ってたんですが、生けて見ると意外と可愛く生けれて、逆に好きかもって感じになりました。(不思議〜😲)

下の方にモジャモジャ置いてあるひじきのような植物、スパニッシュモスが面白いです。水に濡れても、ふやけたりしないんです。

使用した、お花の種類です。

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月一のお稽古のお花です。

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白に目玉みたいなのが、ラナンキュラストム・クルーズ主演の「宇宙戦争」に出て来た、火星人の侵略兵器トライポッドみたいな感じです。(例えが悪いッスね)ハリウッド映画は好きなんですけど、あれは面白くなかったです。

濃い紫とラベンダー色の2色のスイトピーを初めて見ました。あるんですね。

ちなみに、UFOはあるかも知れないけど、宇宙人はいないです。いたら、多くの人が目撃するでしょ。それか、とっくに人類は滅ぼされてるんじゃない❓

陰謀説では、宇宙全体で協定があって、地球だけは未だ攻撃したら駄目だとか言う話になっているような事を言っていた変な人がいましたが、それって誰が誰に聞いたんでしょうか。地球では、誰が代表で聞いてきたんでしょうか⁉️

昔、ロズウェル事件というのがあったけど、どう見ても嘘の画像でした。あれから、メディアは、嘘過ぎるものは出せないと思ったようですね。UFOを目撃しても、宇宙人👽を見た事にはならないですからね。UFOは、軍事兵器のひとつじゃないでしょうかね。私達が思う以上に軍事兵器は進歩しているはず。防衛費が年々上がっていってるから、かなりの物を作ってると思いますよ。(どんだけ税金使うんですかね😤)

ほんとに、宇宙人とかだったら、もっと政府筋が慌てるでしょ。誰も慌てていないのが証拠😙宇宙人よりも人間に気をつけろってとこですかね😁

次は、これ。
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使用したお花の種類です。


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本日はこの辺で☺️

 

「上杉謙信は女だったのかも・・・」との噂があるけれど、謙信は男だったと思うわけ🧐

こんにちは☺️

前回は、古来から伝わる日本のエロい黒歴史をつらつらと書かせて頂きました😅

では、この武士の「衆道(しゅどう)」、何故、武士の世界では「武士のたしなみ」とまで呼ばれ推奨されて来たのでしょうか❓

戦場に女性を連れて行けないから、その代わりに連れて行く為とか言われたりしている様ですが、戦いの中、そんな余裕があったのでしょうか❓それとも他に理由はなかったのでしょうか❓

仏教(神道も明治まで神仏習合なので同じです)の稚児灌頂(ちごかんじょう)制度にしても、僧侶ともあろうものが、何故こんな乱れた風習を続けてきたのでしょうか❓どう考えても、単なる趣味とは思えません。

昔の僧侶は、独身を貫き通さないといけないから、女に手を出すのはいけないが、男だったら構わないのでその様な風習が出来たとも言われているそうですが、そんな単純なものでしょうか❓男だったら罪が無いとでも言うんでしょうか❓どう見ても人の道を説く僧侶が、性的児童虐待を行ってるっていう様な絵面(えづら)にしか見えないんですけど・・・😓

普通に考えると理解出来ないですよね。

いくら流行だったとしても、武将でも簡単に真似の出来るものではないと思います。

あの有名な上杉謙信も、生涯独り身を貫き通したそうで・・・。一説には、「女だったのでは」との噂もあるようですが、彼も男色(だんしょく)をしていたらしい事がわかっています。

謙信は、寅年に生まれたことから、幼名は虎千代と言いました。(長尾虎千代(幼名)→景虎(初名)→上杉政虎→輝虎→不識庵謙信)

"謙信"という名は、さらに後に称した法号(戒名=仏教において受戒した者に与えられる名前)だそうです。

虎千代は7歳になると、春日山城(かすがやまじょう)下にある林泉寺(りんせんじ)に預けられました。

結構やんちゃだったとはいえ、小姓として寺にお世話になっています。たとえ自分が色小姓であろうとなかろうと、寺で皆と同じ釜の飯を食べている訳ですから、稚児灌頂の事も衆道の事も見たり聞いたりして教わっていると思います。

参考

(中略)

さらに前嗣は、「謙信が若衆を大変好んでいることは聞き及んでいる」と述べている。そんなことから前嗣は、以前から謙信の若衆好みを知っていたのであろう。

(中略)

また、謙信はこの上洛(じょうらく=京都に入る)で、近江・守山(現在の滋賀県守山市)の土豪河田氏の子であった岩鶴丸(河田長親かわだ ながちか)を見初め、越後に連れ帰り、側近として仕えさせてもいる。岩鶴丸は『上杉家御年譜』に「容貌佳麗(ようぼうかれい)にして」とあるように、当時10代の美しい少年であった。

(中略)

つまり、長親と謙信との間には「絶対に裏切ることのない関係ができていた」からであり、それは謙信と長親が男色関係にあったからだとされている(『定本上杉謙信』より)。

(中略)

また、この河田長親(かわだ ながちか)と同じ近江出身の鯵坂長実(あじさか ながざね)、吉江資堅(よしえ すけかた)も謙信の側近を務めているが、これも長親同様に謙信の好みであった可能性が高い。

これらの事実を重ねてみると、謙信は女性よりもむしろ美しい若衆を好んでいたのではないかということがおぼろげながら見えてくる。そして、それが結果的に女犯というどこか宗教的な潔癖さをもった謙信のイメージにつながっていったのではなかろうか。

と、男色をほのめかしている。

で、 謙信が女ではないかと言われたもうひとつの理由に、毎月10日前後になると腹痛があるとして、合戦中にもかかわらず兵を引いて城に引き篭もっていたという話が残っています。

上杉領に北条軍が侵攻してきたときも、6月11日から腹痛を訴えて10日ほど城に籠り、出陣もせずに子守りをしていたとも言われています。

死亡時に、急死したらしく厠(かわや=トイレ)で亡くなったとか・・・。 天正6年3月13日と、13日に亡くなっている。(やはり、10日に近いですね)

しかも、この数字を全部足すと13になります。6+3+1+3=13

何となく不吉な数字ですね。(ジェイソンを思い出すのは私だけ⁉️)←映画「13日の金曜日」🤭

で、死因が、脳卒中ではなく、腹痛と書かれている資料もあるんだそうで・・・。

これらの事を考慮すると、先程の男色の記事から、性病か何かのバイ菌もどきにやられていたのではないかと想像出来ませんか❓

腹痛って、その辺りがやられると起きるんではないでしょうかね😓しかも、しょっちゅうとなると、慢性的に下腹部周辺の内蔵が菌などで侵されていた可能性も捨て切れないと思うんですが・・・🧐


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彼は熱心な仏教徒だったらしいです。謙信という名も上に書いたように法名ですし、彼は、度重なる家臣同士の領土争いに疲れ、27歳の時に一度出家、隠居をし、ひとりで高野山に入っているそうです。

さらに、自分は毘沙門天の生まれ変わりだと信じていたらしいですね。

昔の皇族、貴族、武士、僧侶に共通するものとして、皆何かしらの宗教を拝んでいましたし、男色の文化もありました。イスラエル(ユダヤ人)でも、聖書に神殿男娼の記述がありましたし、実際、神様に背教(はいきょう=信仰を捨てること)した王様が、異教の神を拝み、神殿男娼を黙認していた事が書いてあります。

で、ヒンドゥー教自体が、淫乱な宗教ですし、シヴァリンガを祀って拝んでいましたね。

merkun.hatenablog.com

仏教は、その教えを引いてますし、男色は、ヒンドゥー教のシヴァリンガ崇拝そのものではないかと思います。それを、知らずとやっていたのではないかと思うんです。しかも、毎月決まった日があったと思います。それが毎月10日辺り。その様な男色により、リンガ信仰をしていたんだと考えられます。仏教の熱心な信仰者だから、具合が悪くなるのも覚悟のうえ毎月やっていたんでしょう。

で、謙信は、晩年には真言宗に傾倒し、高野山金剛峯寺法印で無量光院住職であった清胤(せいいん)から伝法潅頂(でんぼうかんじょう)を受け阿闍梨権大僧都の位階を受けている。 

(要するに、伝法潅頂によって、密教の奥義がすべて伝授されるそうです)

では、なぜ空海が広めた真言宗が広まったのでしょうか❓

真言宗は、空海長安に渡り、青龍寺で恵果から学んだ密教を基盤としている。教王護国寺東寺真言宗総本山)を真言宗の総本山としている。(嵯峨天皇から東寺を給預(きゅうよ)された。この時から東寺は国家鎮護の寺院であるとともに、真言密教の根本道場となった。) 

上に書いた様に、真言宗(真言密教)の総本山が、国家鎮護(ちんごこっか)の寺院になったという事です。(鎮護国家(ちんごこっか)とは、仏教には国家を守護・安定させる力があるとする思想である)

では、何故、嵯峨天皇空海に東寺を給預するに至ったのかですが、大同5年(810年)に、平城(へいぜい)上皇嵯峨天皇とが対立(薬子の変=くすこのへん)した時、味方に付いていたのが空海

嵯峨天皇は、空海が祈ったことによって勝利出来たと思い、東寺を空海に・・・。(空海が祈ろうと祈りまいと、どちらかが勝つんですけどね😑)

ここから、空海の広めた真言宗の方が最澄の広めた天台宗より有利になったようです。なんせ天皇のお墨付きで、国家の宗教になったんですから・・・。教えが素晴らしいとかどうのこうのではなかったんですね。

で、その真言宗は、顕教(けんきょう)と密教という教えの2本立てになっています。

顕教
衆生を教化するために姿を示現した釈迦如来が、秘密にすることなく明らかに説き顕(あらわ)した教え。
密教
真理そのものの姿で容易に現れない大日如来が説いた教えで、その奥深い教えである故に容易に明らかにできない秘密の教え。

と、こう書いてある。ぶっちゃけ、顕教は良い教え、密教は悪い教えと解釈すると分かり易い。そもそも、歓喜天でも分かるように良い人(十一面観世音菩薩)と悪い人(ガネーシャ)の組み合わせのように、必ず善悪で一つの教えになっている。その両方があると言うだけでなく、両方しなさいと説いているように見えます。もしくは、悪を受け入れる為に善を教えて安心させる、その後、得意の方便でもって悪を教える。

(方便=仏教において、衆生を教え導く巧みな手段や、真実の教法に誘い入れるために仮に設けた教えを意味する仏教用語)

merkun.hatenablog.com 

真言宗のお経の中に「理趣経(りしゅきょう)」というお経があるんですが、どんなお経かというと、

参考

理趣経』は、男女の肉体関係によって高い境地に達することができるという大変な誤解を招く危険な内容を含んでいます。

(ここまで書いていて、密教が卑猥(ひわい)な宗教だと全く疑わず、崇高なものだと信じこんでいる人もどうかと思います)

と、こんな事を言われているお経です。で、どんな内容かと言いますと、

正式名称『般若波羅蜜多理趣百五十頌』(はんにゃはらみったりしゅひゃくごじゅうじゅ)

「十七清浄句」

1妙適淸淨句是菩薩位 - 男女交合の妙なる恍惚は、清浄なる菩薩の境地である
2慾箭淸淨句是菩薩位 - 欲望が矢の飛ぶように速く激しく働くのも、清浄なる菩薩の境地である
3觸淸淨句是菩薩位 - 男女の触れ合いも、清浄なる菩薩の境地である
4愛縛淸淨句是菩薩位 - 異性を愛し、かたく抱き合うのも、清浄なる菩薩の境地である
5一切自在主淸淨句是菩薩位 - 男女が抱き合って満足し、すべてに自由、すべての主、天にも登るような心持ちになるのも、清浄なる菩薩の境地である
6見淸淨句是菩薩位 - 欲心を持って異性を見ることも、清浄なる菩薩の境地である
7適悅淸淨句是菩薩位 - 男女交合して、悦なる快感を味わうことも、清浄なる菩薩の境地である
8愛淸淨句是菩薩位 - 男女の愛も、清浄なる菩薩の境地である
9慢淸淨句是菩薩位 - 自慢する心も、清浄なる菩薩の境地である
10莊嚴淸淨句是菩薩位 - ものを飾って喜ぶのも、清浄なる菩薩の境地である
11意滋澤淸淨句是菩薩位 - 思うにまかせて、心が喜ぶことも、清浄なる菩薩の境地である
12光明淸淨句是菩薩位 - 満ち足りて、心が輝くことも、清浄なる菩薩の境地である
13身樂淸淨句是菩薩位 - 身体の楽も、清浄なる菩薩の境地である
14色淸淨句是菩薩位 - 目の当たりにする色も、清浄なる菩薩の境地である
15聲淸淨句是菩薩位 - 耳にするもの音も、清浄なる菩薩の境地である
16香淸淨句是菩薩位 - この世の香りも、清浄なる菩薩の境地である
17味淸淨句是菩薩位 - 口にする味も、清浄なる菩薩の境地である

このように、十七清浄句では男女の性行為や人間の行為を大胆に肯定している。

とこの様な内容となっています。

これが、真言宗のお葬式でも読まれるそうですよ。(ちょっと、引きますな〜😒)

では、本日はこの辺で☺️