さて、今日は何を話そうか!?

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日本神話「因幡の白兎」に登場するウサギとワニは、ウサ族とワニ族の縄張り争いだった🙄

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こんにちは😄

11月になるというのに、暑かったり寒かったり。何も気づいていない人達は、マスコミの言う通り世界は異常気象なんだと何の疑いも持たずに過ごしていると思います。

ですが、この異常気象は、イルミナティに忠誠を誓った海軍(の組織内組織の一員)らが海の水を温めたり、空ではケムトレイルを撒き散らして人工の異常気象を演出しているからでしょう。

今、起きている出来事は、明治のカルト宗教・大本教の出口王仁三郎(李家)のシナリオ。

信者に海軍などの軍人が多かったのも、大本教が政治結社であり秘密結社イルミナティだったから・・・。

元防衛大臣を務めた稲田朋美は“生長の家”の信者。生長の家は大本教から出た宗教で、大本教から出た宗教は“万教帰一”、名前が違っても皆んな大本教です。(ただし、一般の信者は知らないと思います)

大本教=生長の家=日本会議

生長の家の思想は⬇こんな感じ。

「日本会議」の本体である「生長の家」は、基本的人権、国民主権、平和主義を全ての国民から奪おうとしています。 – Kawataのブログ

 

 

稲田達の様に、戦争を美化する者らにとって、防衛大臣のポストは重要。彼らの手足となるものが明治の頃から海軍にいたという事は、それ以前からそういう連中がいたと言う事。

今日は、大本教に集まってきたその連中(特に海軍)が、いったいどこから来たのか考察しようと思います。

 

出口王仁三郎の祖先はワニ族(和邇=鰐=王仁=ワニ)だった

出口王仁三郎の本名は「上田喜三郎」。出口家の婿養子に入ったので、本来なら「出口喜三郎」。なのに「王仁三郎」を名乗ったのはどうしてなのでしょうか⁉何か理由がありそうです。

王仁三郎の「王仁」は「ワニ」とも読め、古事記 には 「和邇(ワニ)」、日本書紀 には 「鰐 (ワニ)」と表記されたワニの話が書かれています。

和邇=鰐=ワニ=王仁

で、ワニで思いつくのが、日本神話「因幡(いなば)の白兎」。その話に登場するあの”ワニ(ザメ)“。

日本にワニはいませんが、島根県、兵庫県の一部では、サメを「ワニ」 と呼ぶらしいです。

ワニとサメの方言について | ワニの生態

で、実際、“事件”が起きた場所は隠岐の島。島根県です。🦈サメを🐊ワニと呼んでいたんでしょうね。

神話は、実際に起きた出来事を抽象化し書かれています。一族の子孫や関係者以外分からない様に伝える為です。だから、文字通り解釈しても本当の意味は分かりません。

「因幡の白兎」の話は、古事記に書かれていて日本書記には書かれていないそうです。それは、立場や派閥によって見せたいもの見せたくないものが違うから・・・。

『日本書紀』では、オオナムチ(=大国主)は、スサノオとクシナダヒメの子ですが、『古事記』では、スサノオの子孫ではあるものの、別の神の子とされています。

なので、オオナムチは出雲族の八十神(やそがみ=兄弟)に嫌われていたという事もあり、その正体は秦氏でしょうね。

で、ウサギやワニは何かの例え、ウサギはウサ族(菟狭族、宇佐族)、ワニは、ワニ族(和邇族、王仁族、鰐族)など一族の特徴がキャラになった。

 

ウサギに縁のある“白兎(はくと)神社"のホームページに行くと、「神話の起源」と題して先代の宮司による考察が記載されています。

 

【神話の起源】

白兎というのは、実は野に住む兎でなく、神話時代にこの地方を治め信望の高かった一族のことを言ったもので、白兎と呼ばれたのは、兎の如くおだやかであったからだと言われています。

その一族が航海を業としており、沿海をおびやかしていた「わに」と呼ばれていたと淤岐之島付近で戦ったのです。

最後の一戦で負傷して苦しんでいる白兎の一族が、大穴牟遅命(=大国主命)に助けられ、後に大穴牟遅命と協力して「わに」を討伐してこの地方を治め、大穴牟遅命には八上比売を嫁とらせたというのであります。

そのこともあって、縁故の深い此の山に宮居を定めるに至り、後世までも白兎神として崇敬される様になったものであろう。

やはり、先代の宮司も同じで、動物は一族の特徴でしたね。

⬆宮司の話によると、ウサ族は航海を業としていた海洋族。一方のワニ族も日本海を荒らしていた海洋族。(人は自分達の事は悪く言わないし、敵の事も良く言わないもの。なので、海洋族としておきます)

島国日本は、海を渡らないと、国内の移動も諸外国へ行くことも出来ません。大昔なら、なおさら。

道も無く陸よりも海を渡る方が移動しやすい時代です。なので、私達の想像以上に海運関係は発達していたと思います。歴史の教科書で教えないのは、庶民に知られたくない何かがあるからなのかも知れません。

この神話は、海洋族同士の縄張り争いをベースとして、秦氏と出雲族両者の微妙な関係まで分かる様な話になっていると思います。

結局、神話のワニは、ワニ族の事で、その末裔が出口王仁三郎に繋がっていたと言う事。

軍隊(特に海軍)に入隊したワニ族の末裔らは、王仁三郎の噂を聞き、明治の大本教にゾクゾクと集合したという事ですね。

「王仁」は、ワニ族の意味を持ち、仲間に知らせる為の暗号でもあったというわけです。

日本神話「因幡の白兎」に登場するウサギとワニは、ウサ族とワニ族の縄張り争いだった

「因幡の白兎」の本当のストーリーですが、初めに海洋族のウサ族が領地としていた場所に、同じ海洋族のワニ族が現れ、ウサ族の領地をめぐり縄張り争いが起きたのです。

その戦いで、ウサ族が負け、ワニ族にその領地と財産を奪われた。(㊟"皮を剥ぎ取られた"というのが、怪我と領地を奪われたという両方の意味を含んでいると思います)

負けて瀕死の重傷を負ったウサ族は、逃げる途中に出会った出雲族の八十神(やそがみ=兄弟)にも騙されて、さらに酷い目にあわされる事に・・・。

ところが、そのあとにやって来た兄弟の荷物持ちをしていた秦氏に助けられ、一族は命を救われました。

秦氏は、モノ作りだけでなく、薬なども作れる一族だったので、ウサ族の傷も治せたのです。

【秦氏】

秦氏一族は稲荷神社などを創祀したことでも知られており、蚕や絹などによる織物、土木技術、砂鉄や銅等の採鉱及び精錬、薬草なども広めた。

では何故、秦氏が荷物持ちをしていたのかは、神話「ヤマタノオロチ伝説」で起きた事が関わっています。

秦氏(ヤマタノオロチ)が、出雲族(スサノオ)に負け、王様の印である草薙剣(くさなぎのつるぎ)という王剣を奪われたからです。

それ以来、秦氏は出雲族の中で肩身が狭く、家来同然の仕打ちを受けていたという意味で荷物持ちに例えたのでしょう。

秦氏は、中国の秦(しん)時代の元王族。プライドも高く、他の出雲族とは一線を画していたと思います。(イルミナティの権力争いは、いつの時代もこの両者の争い)

なので、いつかは八十神(=他の出雲族)を倒してトップに立ちたいと願っていたはずです。

そこで、丁度いいタイミングでウサ族を助け、助けられたウサ族も、八上比売(=大和族)と結婚(=同盟を結ぶ)出来る様に取り計らってくれたのです。

秦氏も出雲族も渡来人だったので、誰かと同盟を結ばないとその国を支配出来ない事を知っていました。

なので、当時、一番栄えていた八上比売(=大和族)と同盟を結ぶ為に旅をしていたと思いますが、秦氏の方に運が回ってきて軍配が上がったのです。

これが、のちの秦氏と大和族で大和朝廷を誕生させるキッカケになったのではないかと・・・。

では、今日はこの辺で(^.^)/~~~