さて、今日は何を話そうか!?

世の中に対する疑問や思い、自身の習い事、出来事などをいっぱい記録していけたらいいなと思っています。

仏教ってどうよ⁉️その2

さて、今回は以前の記事「仏教ってどうよ⁉️その1」の続き「その2」を・・・😅

参考資料ここ☺️

下記が参考ブログ

merkun.hatenablog.com

前回の記事で分かった事は、釈迦は皇太子として生まれ、何不自由のない生活をしていた。何でも与えられ超一流の教育も受け「四季の御殿」と言われる大奥のような宮殿に500人もの美女をはべらかし、妻も側室(参考以外の記述にありました)もありながら毎日の様に入りびたって美女とエロい事をしていたんでしょう。(聞こえのいいように書いてありましたが、結局はそう言うことでしょう。)

仏教を信じる人達は、釈迦のイメージが悪くなるような事は言えませんからね。

美女達の側からしたら、好きでそこに居たという訳じゃないようですからねぇ。売られて来たり、拉致られたり、物として扱われていたんじゃないかなぁ。

残念ながら古代は紳士なんていなかったと思います😒男尊女卑も甚だしいだろうし、身分制度もあるし、人も野蛮だったろうし・・・。

釈迦も語り伝えられているような人ではおそらくなかったと思います。

権力者という立場だったので、語られている話を鵜呑みにする訳にもいきません。

王様の考えは絶対、だから誰も逆らえないし、気に入らない者を人前で殺すことも出来る時代だから恐怖政治がまかり通る。悪い噂も簡単に揉み消す事が出来る。

そう言う世界観の中で生まれ育った人間は、どういう人物に成長するのか・・・。

当時の王様の"凄い暮らし"とはどれ程のものか分かりませんが、庶民の暮らしと比べると雲泥の差があり、これ以上の贅沢は無いほどの暮らしをしていたと思われます。

地位名誉お金、全部持ってしまうと次は「この幸せが永遠に続けられないだろうか」と誰しも思うでしょう。釈迦も同じ人間ですものそう思いますよね。

釈迦の望み

釈迦が王様に城を出たい理由をこう言いました。

ブッダの願いとは?

「お父さん、実は私の望みは3つあります。
それさえかなえてくれるなら、城を出なくてもかまいません」
はじめて、その悩みを打ち明けました。

「1つ目の願いは、いつまでも今の若さで年老いないことです。
2つ目の願いは、いつも達者で病気で苦しむことのないことです。
3つ目の願いは、死なない身になることです」

つまり「不老不死」の方法を探している⁉️🤔

ちなみに、聖書では「人間の命は100歳ぐらいまでと神様が決めた」と書いてある。何故なのかは「霊魂は100年ぐらいしかその肉体に留まれないから」と神様が言っています。(人には霊魂・心と肉体があると言う事です)

現代では、100歳くらい長生き出来る人も沢山います。そういう意味では聖書の言葉通りになったと言っていいと思いませんか⁉️

話を戻して、釈迦は不老不死の方法が誰も分からないなら自分で探す、と出家の道を行くことになった。でもね彼は権力者の息子だと言う事を忘れてはいけませんよ。

王族は常に皇位継承権の争いをします。外にも内にも敵が居るわけです。避ける事は出来ません。釈迦は、その皇位継承権の争いに負けた可能性も有るわけです🙄

大抵そう言うものに負けると命からがら逃げていく場所は、お寺(日本は神社仏閣)と相場が決まっている。(現在は日本の権力者達は、病院に逃げますが・・・😒)

当時はお寺が逃げ場として良かったんじゃないですかね。カースト制度もありましたから。

聖書のように、どの様にしてこの世界が出来たとか、人間や動植物は神様が創ったとか、人間は神様の形に作られたとか、ハッキリ記述されていたら話の内容に動かしようも無いのですが、釈迦の生涯については、いつの頃からか言い伝えで語られて来たようで、釈迦の話が人によって少しずつ違ったりしている。

宗派によるものなのかエピソードの多いブログもあるしで、共通のエピソードで推測するしかありません。

仏教の開祖ですから、イメージが出来るだけ良いように弟子や信者が後付けで美しい話になるように創作して伝えて来たんだと思いますよ。そう言わないと布教していけないですからね。

500年後はすっかり話も変わっているかも、ですね😅

思うに、釈迦の場合は何といっても権力者の家系ですから、都合のいい話にしようと思えば最初からいいイメージを流す事は簡単だったでしょう。召し使いも沢山いるし家来は御主人様には逆らえませんからね。

そう言う事で、私は釈迦の言い伝えられた話にかなり疑問を持っています。

出家して6年で悟りを開いた⁉️

で、どっちにしろ出家の道へ・・・🙄

城を出たあと、キョウチンニョ(憍陳如)という者を中心に5人のお供が王様から送られて釈迦を護衛していた、と・・・。

今で言えばSPってやつですね。

のちに、この5人は五比丘(ごびく)と言って最初の弟子となったそうです。でもね、家来が弟子になるでしょうか?ヤッパリここも美化されていると思いませんか⁉️

何のしがらみも無い人が、教えに共感して弟子入りすると言うのなら分かりますがSPですからね。悪いけど釈迦の教えを広める為の捏造された話としか思えないんですけど🤔

(釈迦の話を調べるにつれ、こんなにも突っ込み処が満載だったと初めて気付きました😅)

さて、城を一人で出たとか家来を連れて出たとか色々説がありますが、一人では無かったと思います。

城の中でしか暮らして居ないような皇太子が城を出たところでお供がいないと何も出来ないし、右も左も分からない。しかも、目立ち過ぎ‼️その辺をウロウロしていたら悪人にも襲われるのではないかと思うんですけど・・・。(スマホも無いし😙)

もうひとつ共通する話に、仏のさとりをされたのが35歳の12月8日だそうです。

29歳で城を出て苦行林に6年間居たそうですが、苦行の無意味さに気づき林を出て、菩提樹の木陰に座り瞑想に入ったら49日目に悟りを開いたという話が多いです。これもどうかなって思うのは私だけ?

まっ、とにかく悟ったらしいです。

 

次回は、何を悟ったのか?考えてみたいと思います。

では、バイなら🖐️(古~)